今おられ、昔おられ、やがて来ようとしている者、全能者である。(黙示録1:8)
永遠で全能の神は創始の為の<始まり>であり、又その目的達成する為の<終わり>です。
即ち創世記で神はアルファであり、聖書の最終章の黙示録ではオメガです。
神は始められた事はすべてて完成されます。
それは黙示録21章6節に又「そして私に言われた。事は成就した私はアルファでありオメガである。初めであり終わりである。」
聖書の一頁の始めの言葉はわずか十六文字で天と地の創造の記録を見る。次の二節には矢張り十六の文字で驚くべき隠された如く記されている。
「地は形無く、空しく、闇が淵の表にあり」と之は一体何を意味しているのか、更に三節には「光あれ」と言われた。
すると光があった。・・・神はその光を昼と名付け、闇を夜と名付けられた。夕となり朝となった。第一日である。
地に於ける相対の第一歩を観せられる。
人の住む地では光(太陽)を中心に自転しながら回転している。
暗闇から光が射し、朝から始まるのが古今東西、自然現象として捉えているが。
創世記、創造週では逆となっている。即ち「夕となり、朝となった」一章の五節〜三一節まで、これが天地創造の由来である、と記されている。
しかし聖書の最後の書、黙示録その最終章21章22章の結論とも言えるところには「夜はもはや無く、灯火の光も太陽の光も要らない」と驚くべきことが記されている。
更に又「都は日や月がそれを照らす必要がない」と21章23節は記している。
◆人祖アダムの系図(創世記5:1〜32)
神が人を創造された時、神に型取って造り、彼らを男と女とに創造された。アダムは百三十歳になって、自分に型取り、自分の形のような男の子を生み、その名をセツと名付けた。アダムがセツを生んだ後、生きた年は八百年であって・・・アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。
そして彼は死んだ。以下セツ、エノス、カイナン、マハラレル、ヤレド、エノク、メトセラ、レメク、迄の八人。エノクの例外を除いて生んだ。
死んだ。と列記している。
その例外のエノクは三百六十五歳の時、神と共に歩み神が取られたので、居なくなった。注:365の数字と死を経ないで天に移されたの意。尚又、メトセラは人類史上で最高齢の969才であった。
そして九代目レメクはノアを生んで七百七十歳で死んだ。
◆イエス・キリストの系図
新約聖書の最初の頁を完読すると実に奥深い記述が十七節に亘って画かれているのに気づかされる。その一つだけ記すと四十二代に亘り父だけの名が記され、将又<死の記述がない>。
旧約のアダムの系図との相違に気付かされる。
アブラハムから起算して四十二代目のイエス・キリストの誕生〜十字架〜復活〜昇天〜その霊。から語られる命の言葉。
十字架の死によって勾留されない命の主。故に死から復活された。
◆全聖書最後のページ
新約聖書の最後の黙示録最終章。「夜はもはや無い。あかりも太陽の光もいらない」。と22章5節は言っている。同時に暗闇の元祖の終焉を告げている。
「悪魔でありサタンである龍。かの年を経た蛇を捕えて千年の間つなぎおき、そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の間が終わるまで諸国民を惑わすことが無いようにしておいた」。と20章2節に言う。
又、救われた人には「み座から大きな声が叫ぶのを聞いた。・・・人の目から涙を全く拭い取ってくださる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが既に過ぎ去ったからである。」と21章3〜4節にある。
更に続いて「見よ、私はすべてのものを新たにする」。と聖書の結語として万物の復興とエデンに最初におかれた人の状態に回復する神のことばが詰め込まれた宝石箱のようです。
◆暗闇の源。なる罪は死をもたらし
光の源なる神は命を生み出し、真理の言葉なる命の種は成長し、円熟し、収穫する。これが神の定め也。
