炎と水。アルファ〜オメガ

◆消失した二つの川
神は、東の方。一つの園を設けて、造った人をそこに置かれた。と創世記二章八節にある。10節には、一つの川がエデンから流れ出て園を潤し。そこから分かれて四つの川となった。

その第一の名はピソンと言い、金のあるハビラの全地を巡るもので、その地の金は良く、又そこはブドラク(真珠)と、縞メノウとを産した。
第二の川の名はギボンと言い、クシの全地を巡るもの。と13節迄、二本の川が記されている。
然し、世界地図を検証してみると、エデンの園、ハビラとギボンの二本の川が記されていない。

再び、創世記二章14〜15節を見ると第三の川と第四の川、チグリス川とユーフラテス川は地図に見られる。その訳は、エデンの命の木を源流とした命の水を、人が飲む前に死の毒素が入り込んでしまい、その結果、命の水の川は消失してしまった。
三章24節に読み進むと、神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎の剣とを置いて、命の木への道を閉ざし守らせられた。と、園と二本の川の消失した訳が記されている。

◆この宝を土の器の中に!IIコリント4:7
この尊い器は、創世記二章では命の水を入れるための尊い器でした。然し、第四章に、アダム・エバの長子カインが、弟アベルを殺してしまった。あぁ何と言う事か・・・・之は、人の中にサタンが入ってきた結果でした。

以来、今日に至るまで、すべての人の中にハビラとギボンの川が流れるようになりました。

即ち<命>と<死>が、しかもその命は一過性の命で必ず死を見る。これに対して神は人の魂の中のあらゆる罪悪を、炎の剣で焼き滅ぼし、命の水で死を見ない永遠の命を、キリストの受肉、十字架、復活を信じる人々に与えられる。
これが真の福音です。

イエスはルカ12:49に、”わたしが来たのは「地上に火を投じる為である」”と。又、ヘブル12:29には”わたしの神は、実に、焼き尽くす火である”。と語句を強めて言う。

◆二つの機能を持つ<命の霊>(ヨハネ7:38〜39)参照
エデンから流れた<水>は、堕落後人々の中に流れ、神(金)の性質を供給し、潤し、真珠、宝石、を生み出すことを予表している。
もう一つの機能である<火>。やはり人の中に入り、堕落により、サタンのもたらした罪の性質、生来いつの間にか身についてしまった、悪の要素の数々が潜在化し、肉となった。

神は。これら一切のものを人の中へ流れ込む時、燃える火のように燃やす。”ところで、私たちは、このような<宝>を土の器の中に納めています”。とII、コリント4:7にある、この宝こそ神の化身であり、私たちの命と成って、土の器なる、価値のない、もろい、はかない器の中に入れられているのです。

◆地上で見る火と水<人の外側>
現代、人の住む地も<水>と<火>は無くてはならない二つのもの。たとえ一過性の命を維持、支える為に日々無くてはならないもの。だが水の原点(アルファ)と、火の終点(オメガ)とを想起してほしいのです。

黙示録21:7には、わたしは初めてであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。と・・・最近、日々、地上で見られる。
そして年々頻発し、拡大していく天からと地の災い。
”これらの事柄が起こったのは、私たちへの予表としてです。”とIコリント10:6に人々を戒める前例として、尚又、真理の絵として見て欲しいのです。

黙示録20:9〜10節には、”すると天から火が下ってきて、彼らを焼き尽くした。そして・・・彼らを惑わしたサタンは、火と硫黄の池に投げ込まれた”。と一方、”水は水晶のように輝く命の水の川を私に見せた”。と、このビジョンを見せられたヨハネ、黙示録22:1節に結語する。

<火>で燃やした後、<水>が来る。エデンで始めに現れた火は燃やした後、再び一本の水の流れに戻る。これが全聖書の物語です。

SPIRITUAL REALITY. WITNESS LEEからの引用