人は肉だ!巨人(ネピリム)の出現

聖書は地球上のすべての事、物、人の原点を僅かな言葉で記している。
創世記六章一節から読み進むと、人が神の臨在から離れて堕落した歴史が淡々と描かれている。
三節に「わたしの霊は」長く人の中にとどまらない。彼は<肉>にすぎないのだ。
故に寿命は百二十才にとどまる」。と宣言されている。

その訳は、当時堕落した天使の子たちネピリム(巨人)と、堕落した人の娘たちとの不法な婚姻(情欲・淫行・暴虐)の結果であるのを見せられる。

百才時代と言われる今。アダムの系図から見ると、アダムから十代目、ノアに至るまでの寿命は、メトセラの最高969才から九代目のレメクが最低777才。平均寿命は821才となる。
ところが、この<肉>となったが故に人の命の激変した訳を知らされる。

◆ノアの箱舟
人が肉となった次の段階が続いている。扨、神は、人の悪が地上でひどくなり、すべての人の心の思い計ることが常に悪いことばかりであるのを見られた。
それで、神は地上に人を造ったことで思いを変えて、心に深く悲しまれた。
神は言われた。「わたしが創造した人を、人から獣まで、這うものまで、又、空の鳥までも地の面から拭い去ろう、わたしは、これらを造ったことを悔いるからだ」。と言われた。
と驚くべき言葉が5節から7節に見る。

更に続いて11節から、地は神の前に”腐敗”し、暴虐に満ちていた。神が地を見られると、見よ、それは”腐敗”していた。
すべての”肉”が、地上でその道を”腐敗”させたからである。
13節そこで神はノアに言われた「すべての(肉)の終わりがわたしの前に来た、地は彼らのゆえに暴虐で満ちているからだ、見よ、わたしは彼らを地と共に滅ぼそう」。と、しかし神は同時に救いへの道も示されたのが箱舟の建造である。
この一連の記述は七章〜八章に詳しく映画を見るように書き残されている。

◆ソドム、ゴモラ消滅
創世記十九章に来ると今度は火による破滅の様子が記されている。死海の底に沈むソドムとゴモラの町。
繁栄したこの町々は何故か濃度の濃い塩水(海底)で保存されている。

この町の住人であったアブラハムの甥、ロトとその家族は危機一髪で助け出されたが、その妻は消失する町々を山に逃げる途次、振り向いたので塩の柱になった。
と硫黄と火で燃え盛る町からの逃避行が29章に亘って記録されている。罪の町の特徴は同性愛の蔓延でした。

◆二人のアダム
「最初の人アダムは生きたものとなった」しかし最後のアダムは命を与える霊となった。最初にあったのは、霊のものではなく(肉)のものであって、その後に霊のものがくる。
第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。コリントⅠ 15:45〜47。

聖書の肉に対する観方は「愛する者たちよ、あなた方は、この世の旅人であり寄留者であるから、魂に戦いを挑む(肉)の欲を避けなさい」。とペテロⅠ 2:11節に。又、ガラテヤ6:8には自分の(肉)に蒔く者は、(肉)から滅びを刈り取り、霊に蒔くものは、霊から永遠の命を刈り取ります。
第一の人の中に播かれた肉の種は罪と連結し結果として死が訪れる。
罪が有る所に死があり。肉の有る所に罪があり、罪は常に死と共に有り。肉は常に罪と共に有る。

これら三つのものは決して離れることなく、人がこの一つを持つなら、三つの全部を持っています。
即ち肉・罪・死は三つに偽装してサタンは今日も訪れて来る(w・リー著 肉と霊から引用)

ローマ書の本質は、この三つのもの肉、罪、死を扱っているようだ!六章六節には罪の体と言い七章二十四節には死の体と言う。罪と死はまるで夫婦のように、罪は死を愛し、死はいつも罪に服従する。
故に人の体は例外なく罪と死の体です。

◆最強最大のシェルター
ノアの箱舟はやがて来る世の終末時、最強最大のシェルターになるキリストの予表となる。

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