◆しるしの書
古事記や日本書記よりもさらに古い聖書。地球上の多くの人々が、福音として聞き、読まれてきた。しかし多くの人々は歴史や文学として興味を持ち、又々、<教え>の書として研究する。
しかし、もっとも重要な読み方は<永遠の命>を見出し、それを得ることです。
聖書に書かれている本質を正しく理解する為に、多くは<しるし>として、<予表>として書かれている。
新約聖書27巻中の14巻を書いたパウロは、コリントの人々に宛てた手紙。I・10章6節に。これらの事が起こったのは<予表>として、<警告>として書かれた。と12節に言っている。
それは今は無き海港都市として栄え、人々の交流が多くなるにつれて人種、宗教が混合し、風俗は乱れ、悪が横行した。
これらの原因となったのが<姦淫>と<偶像の礼拝>であることを7〜8節に書かれている。
・註:姦淫と偶像礼拝(アーカイブ2019年8月、2020年1月、5月記事参照)
これらの出来事が生々しく民数記13章〜14章に。その結果が21章5〜9節に詳述されている。更に、ユダヤ人が固有の国を持たず流浪の民となったことか、”荒野で撒き散らされた”と言い、12部族のうち10部族の人々が死滅したと。
まさに当時のパンデミックである。(ネゲブの荒野で)
◆現代の偶像礼拝と姦淫
聖書は人の住む<地>は荒野と言い、そこに住む人々を<肉>と言う。しかし多くの人々は文字づらのみを読み、もう一つの重要な霊的な意味を見失っている。
典型的な例がヨハネ8章に生々しく描かれている。それは”姦通の現場で捕えられた女”に対して聖書学者と律法に忠実なパリサイ派の人々の質問でした。
「先生、この様な女は石で打ち殺せ、と律法に書いてある、あなたはどう思われますか」?・・・イエスは”あなたたちが罪を犯したことがないものが、先づ、この女に石を投げなさい。”と、僅か30前後のことばに注意しないで読んでしまう。
大部分の人々は姦淫などしたことが無い、と他人事として通り過ぎてしまう。
しかし姦淫の霊的真意は、人々が万物の創造主となる神を離れて、人が造った神々や、この世の事物に心を奪われ、傾倒し、その対象と一体となることを意味するのです。それは十戒の、第一条〜第三条が偶像に関して、第六条が姦淫と明記しており、如何に神が最も嫌われる禁断の行為であるかが伺える。
又、詩篇73:27には、あなたは神から離れて姦淫を行う者をすべて滅ぼされます。と言う。
◆青銅の蛇
聖書の最初に出現する蛇は、エデンの園で木の上から人(女)に対して、甘いことばを投げかけ誘惑し、死の毒素を女の中に注入した。
漢字は一文字でそれを、あらわしているのに驚く!
その文字は(女)と(木)、それに(甘)から成って組み合わされている妙です。それは媒体の<媒>です。女は唯一の造物主なる神から、サタンの変身した蛇の言葉を受け入れてしまった。
即ち、姦淫の罪を犯した。結果が死を招き、恥部を、植物の葉っぱで隠さなければ、神の前に出られなかった。(創世記3:7)以来、女は子々孫々に至るまで死の媒体となった。
もう一匹の蛇は、同じ蛇でも<青銅の蛇>。青銅は裁きを意味し、十字架上でエデンの園と荒野で死をもたらした蛇を裁き、その本体なるサタンを断罪された。しかしながら、処刑は最終時代まで執行猶予されている。モラトリアム。
地球上のすべての人々の中にある罪。義なる神は一人子、イエスを贖罪(燔祭)としてささげられた。・註、アーカイブ礼拝2019.11月の記事参照
◆最大のしるしの書
聖書の最終章はヨハネの見た黙示録と呼ばれ、一般的に最も難解の書と言われる。然し、その六章には地球上で最大級のパンデミックの全容が淡々と12節〜17節に記されている。
そして蛇の最後の姿。刑の執行が記されている黙示録20:10節必見!
そして、モーゼが荒野で蛇を上げたように、それは、信じる者が皆、永遠の命を得るため。ヨハネ3:16


