サヨナラだけが人生だ!!

人はどこから来て、人はどこへ行くのか?
ゴーギャンの有名な三人の人物群像が語り出している疑問。

これは人種や国、宗教を問わず、すべての人の疑問です。

旧約聖書には、これらの問に対してヘブル人(ユダヤ民族・神の選民)をモデルとし、
まるで絵画のように、史実として描かれています。

それは、カルデヤ【現在のイラク(メソポタミヤの地)】
ウルの地からチグリスとユーフラテスの二つの大河を渡り、
42箇所の寄留地を経て、
更に最後の川ヨルダンを渡って神の示された「乳と蜜の流れる良き地・カナン(現在のイスラエル)」に入った行程です。

これは正に現代社会の人生遍路の行程を描いているかのようです。

二つの大きな川・砂漠・荒地、先住民との争いなど、
今の社会にも通じる様々な行く道を妨げる障害、何度も十字路(岐路)に。
又、壁に立ち塞がれ。

どの道に進むべきか。

様々な挫折や苦難を経験しつつ歩む様は正に昔も今も変わらないようです。

そこで人は・・・・
その都度選択しなければならない・・・・

何を基準にして・・・
何を根拠にして・・・
何をモデルにして・・・

どこへ目指すのか【一過性の影】か、それとも【永遠】を決定しなければならない。

大正末期から昭和の初期に人生論。
花やかなりし頃、井伏鱒二の詠んだ、櫻花らんまんの一夜にして嵐によって散る様を描いた有名な詩。

”花に嵐のたとえもあるぞ
サヨナラだけが人生だ!”

と。

既に人々の心の中に神は永遠への思いを植えられたと伝道の書に記しています。

尚又、「彼は傷ついた葦を折ることなく、くすぶる灯心を消さない」と。

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