性善説・性悪説?

ゴーギャンの3つの群像の真ん中の人たちが提示してる疑問。
”人は何物なのか”
”私は誰なのか?”と

古今東西の賢人は人は生まれながらその性質は善であると言い。
いや悪であるという。未だに結論に至っていない。
故に人は元来盲目である。従って人を創造した神を知らず。不朽の命も知らず。尚又、自分自身をも知らない。
「人間この未知なるもの」とアレキシス・カレルは言った。
又、芥川龍之介の遺書に「人生は死に至る戦いなること忘るべからず」と語りかける。
尚又、明治後期旧制一高の有能な学生であった藤村操は日光華厳の滝へ投身自殺したという悲愴な最後を遂げた話は有名だ。

その訳は”万有の真相は唯一言にして曰く「不可解」我この恨みを抱いて煩悶終に死を決するに至る!”と。

◆ボーダーレス時代(ぬるま湯の中の蛙の生涯)
20世紀末に言われだした、すべてのもの、境界が曖昧になり遂にその線が消失した時代となった。
即ち矛(ほこ)と盾(たて)のように、神対サタン、善と悪、光と影、愛と憎しみ、生と死、真実と虚偽、主観と客観、見えるものと見えないもの等々枚挙にいとまない。

即ちこれらの矛盾、対立、相対性の源は天に発し聖書に見出す。
イザヤ書14章12〜15節とエゼキエル書28章15〜19節参照。

◆サタンの戦略
地上での起源はエデンのもう1本の善・悪・知識の木である。この木こそ悪魔の傑作。善の中に悪を包み込み、その上知識を塗り込んだ最先端の代物なのです。
これこそこの世に様々な災いをもたらす源といえる。欲望に惹かれそそのかされて誘惑に陥るのです。
それは際限の無いグルメ志向、性的誘惑、限りなき名誉、金銭欲、更に薬物やギャンブルに依存する。
「人はそれぞれ自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望は孕んで罪を生み、罪が熟して死を生みます。ヤコブ1:14-15」
最近TBSの報道特集で幼児からゲーム機が手放せなくなり依存症に成った結果、脳の前頭葉や扁頭体に異常を来たした若者を報じていた。

◆あなたはどこに居るのか?(創世記3:9)
日の涼しい風の吹く頃。園の中に神の歩まれる足音を聞いた。そこで人とその妻とは主なる神の顔を避けてその木の間に身を隠した(創3:8)。
主なる神は人に呼びかけて言われた!
「あなたはどこに居るのか?」人はサタンの所有となってしまった故に方向を失った船のように人生の荒海を漂流し行き先を見失った。
人は毎日寝て、起き、食べ飲みし、毎日忙しく仂き、どこへ行こうとしているのか?狭い舟の中では自由も奪われ何か得体の知れない糸に操られるかのように生老病死の規定のコースを今日も歩んでいる。
それは1月に書いた”ぬるま湯の中の蛙”に酷似している。

◆逃れの町々が備えられている(民数記35章6〜15)参照
急いで走らねばならない、あなたは逃げる時間がなくなる。さもないと報復者が来る。
又、荒野で火の蛇に噛まれた人々に対してモーセは青銅の蛇を造り、それを棹の上に掛けた。
すべて蛇に噛まれた者はそれを仰いで見て生きた、と民数記21章に記している。
附記、国境無き医師団のシンボルマークにもなっている。

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